犬の平均寿命が伸び、今や15歳、18歳を超える長寿犬も珍しくない時代になりました。愛犬がシニア期に入ると、「少しでも長く、元気に過ごしてほしい」と願うのは当然のことですよね。
シニア犬の健康維持において、獣医療と同じくらい大切なのが家庭での「養生(ケア)」です。今回は、東洋医学を取り入れたペットケアの第一人者であるかまくらげんき動物病院の院長であり、一般社団法人日本ペットマッサージ協会理事長の石野先生に、シニア犬が喜ぶマッサージについてお話を伺いました。
7歳からのおうちケア ~手のひらから伝わる愛情と、めぐりのケア~
■なぜ、シニア期にマッサージが必要なの?
動物は人間のように「痛い」「辛い」といった主訴を口にしないため、目に見える症状が出てから病院を受診した時点では、すでに病気がかなり進行していることが多いです。
そこで大切なことは、日常的に犬や猫の体に触れ、異変に気付き、病気を早期発見してあげることです。
そしてそれができるのは毎日触れてあげることができる飼い主さんなのです。
特にシニア期に入ると、筋力の低下や関節の痛み、消化機能の衰えなど、さまざまな不調が現れやすくなります。病気になってから治療するのではなく、病気にならないように日頃からアプローチする「未病を防ぐ」ために、マッサージや食事といった日常の養生がとても重要になってきます。
【触れることで気づける異常の例】
・いつもはない場所にしこりのようなものがある
・特定の場所を触ると嫌がるようになる
・左右の筋肉量に差がある
など。
さらに、マッサージには驚くべき効果があります。優しく触れ合うことで、マッサージをされた犬だけでなく、マッサージをした飼い主さんやケアした人の脳内からも「幸せホルモン(オキシトシン)」が分泌されることが分かっています。マッサージは、愛犬と私たちの絆を深め、お互いを幸せにする最高のコミュニケーションなのです。
■シニア犬のマッサージのポイント・注意点
シニア犬にマッサージをする際は、人間に対するマッサージとはやり方が異なる点を意識してください。
また高度で特別な技術が必要なわけではありません。普段の「撫でる」「触る」という行為に対し、目的意識を少し変えるだけで十分なマッサージ効果が得られます。
★最大の注意点:決して「ゴリゴリ」と力を入れないこと!
※力の目安:100g程度のやさしい力
人間と同じように力を入れて揉んでしまうと、犬にとっては痛みの原因になります。基本は「手のひら全体で優しく撫でる」「皮膚を軽く引っ張る」といった、やさしい力を意識してください。
また、犬が【まんざらでもない顔】をしていることを確認しましょう。嫌がった場合は無理に行わず、犬の心地よいケアをしてあげてください。
■基本のマッサージの方法
基本的なマッサージ(手技)の方法について解説します。
① 線を描くように撫でるストロークマッサージ
手のひら全体を使い、毛並みに沿って優しく撫でるマッサージ。
② 円マッサージ(のの字マッサージ)
中指と人差し指の腹でやさしく「のの字」を描くように撫でるマッサージ
③ もみもみマッサージ
親指と人差し指や5本の指で優しく揉みほぐすマッサージ。
④ 皮膚を「引っ張る」マッサージ
皮膚を優しくつまみ、引っ張るように動かすマッサージ。
⑤手足の 「にぎにぎ」マッサージ
前足や後ろ足を、手のひらで「ギューッ、ギューッ」と優しく握るように圧をかけるマッサージ。
⑥ 指圧
ツボを指で、1、2、3と押圧し、1、2、3とその場でキープ、1、2、3と力を抜く。
■今日からできる!シニア犬が喜ぶ「デイリーマッサージ」
毎日の習慣にしたい、基本の「デイリーマッサージ」の流れをご紹介します。
①背中のストローク
まずはリラックスさせることから始めます。手のひら全体を使い、頭の後ろから背中、尻尾の付け根に向かって、上から下へ優しく撫で下ろします(10〜20回繰り返し)。
チェックポイント: 撫でながら「腰を痛がっていないか」「背骨が曲がっていないか」を手のひらで感じ取ってください。
② 頭の上の円マッサージ
手のひらを頭の上に当て、優しく「のの字」を描くようにマッサージします。
頭に上った余分な熱や、東洋医学でいう「邪気(悪いもの)」を散らし、興奮を鎮めて心を落ち着かせる効果があります。
③ 耳の付け根の「もみもみ」
親指と人差し指で、耳の根元を優しく揉みほぐします。
耳の周りには全身のツボが集中しているため、ここをほぐすだけで体全体がとてもリラックスします。
ここもチェック: 普段は気持ちよさそうにする場所ですが、もし触って痛がる場合は「外耳炎」などの耳のトラブルが隠れているサインかもしれません。
④ 皮膚を「引っ張る」マッサージ
背中や顔まわりの皮膚を優しくつまみ、上にやさしく引っ張るように動かします。
皮膚を引っ張ることで「副交感神経」が優位になり、体が深くリラックスします。運動量が減ったシニア犬の「皮膚の体操」にもなります。
⑤ 手足の「にぎにぎ」
前足や後ろ足を、手のひらで「ギューッ、ギューッ」と優しく握るように圧をかけていきます。肉球も一緒に優しくにぎにぎしてあげましょう。
滞りがちな手足の血液やリンパの巡りをスムーズにします。肉球に触れることで、冷えや乾燥、異常な寝汗がないかもチェックできます。
デイリーマッサージの最後は、クールダウンのために、手のひらでゆっくり全体をストロークマッサージして締めくくりましょう。
■シニア期に気になる不調改善のマッサージ
シニア期に起こる気になる症状に合わせて、マッサージやケアを取り入れてみましょう。
肩こり解消:
鎖骨のない犬は思った以上に肩が凝っていますので、「曲池(きょくち)」というツボを指圧してあげましょう。
ツボの位置: 前足を曲げたときにできる、外側のシワの端っこにあります。
押し方: 「いち、に、さん」と3秒かけて優しく指圧し、3秒キープ(痛気持ちいい強さ)。その後「さん、に、いち」と3秒かけて指を離します(左右5〜10回)。
腰痛改善:
腰が痛いときは、腰を直接触るのではなく、肢にあるツボを刺激して経絡(エネルギーの通り道)を通じて腰痛を和らげます。
ツボの位置: 後ろ肢の「かかと(くるぶし)」の両脇にあります。内側が「太谿(たいけい)」、外側が「崑崙(こんろん)」というツボです。
押し方: くるぶしの両脇からツボを挟み込むようにして、優しくもみもみとマッサージします。
冷え対策:
足の裏(肉球)の一番大きな肉球(掌球・足底球)のすぐ上のあたりに、「湧泉(ゆうせん)」というツボがあります。このツボを、足の指先(爪)の方向に向かって、押し出すように優しく圧をかけてあげます。
じわーっと優しく、足先に向かって押し流すイメージでやってあげてください。
目のトラブル対策:
目のまわりのマッサージを行うことで、血流を促進し、目の酸化を防ぎます。
目の周りの血流を良くするために、まずはツボを意識しながら「触った手を止めずに、ぎゅーっと流していく」マッサージを行います。
①「攅竹(さんちく)」から「絲竹空(しちくくう)」へのマッサージ
眉毛(目の上)の内側にある「攅竹」から、眉毛の外側にある「絲竹空」というツボにかけて、手を止めずにぎゅーっと流していきます。
② 「晴明(せいめい)」から「承泣(しょうきゅう)」へのマッサージ
目頭のところにある「晴明」から、目の真下のまぶたの縁にある「承泣」というツボにかけて、こちらも止まらずにぎゅーっと流します。
③ 目頭のツボ「晴明」の揉みほぐし
目頭にある「晴明」のツボを、親指と人差し指でパッと優しくつまみ、「もみ、もみ、もみ……」と優しく揉みほぐしてあげます。
④ 目の横のツボ「太陽(たいよう)」のマッサージ
目の目尻からやや外側(こめかみあたり)にある「太陽(たいよう)」というツボを、親指でグリグリと円を描くようにマッサージします。
仕上げ: グリグリとマッサージした後に、そのまま斜め後ろ(耳の後ろの方向)に向かって、皮膚をぎゅーっと引っ張って数秒キープ(ホールド)してあげます。
お腹のマッサージ:
お腹にはさまざまなツボが集まっています。時計方向に円マッサージをします。
次に、十字にマッサージします。
認知症予防:
① 脳を活性化する「四神聡(ししんそう)」のマッサージ
シニア犬の脳の経絡(エネルギーの流れ)を活発にし、認知症の予防や進行を遅らせるために、まずは頭のてっぺんにあるツボを刺激します。
ツボの位置: 頭のてっぺん(百会というツボの前後左右)にある、4つのツボの総称が「四神聡(ししんそう)」です。
やり方: 左右の親指と人差し指(両手)を使い、この4つのツボのあたりの皮膚を「ぴゅっ、ぴゅっ」と上に引っ張るように優しくつまんで刺激します。
ポイント: ゴールデンレトリバーなどの大型犬なら皮膚をしっかりつまめますが、柴犬や小型犬のように皮膚が硬くてつまみにくい場合は、無理につままず、指の腹で「うにうに」と優しくマッサージしてあげるだけでも効果的です。
② 耳の根元を「もみもみ」して前庭障害(老齢性平衡障害)を予防
デイリーケアでも行った「耳の根元をもみもみするマッサージ」を、ここでも丁寧に行います。
年を取ると、耳の奥にある「前庭」のトラブル(前庭障害)によって、認知症に似たふらつきや徘徊の症状が出ることがあります。耳の根元を刺激してあげることで、これらを予防する効果があります。
③ 心を落ち着かせる「神門(しんもん)」のツボ押し
夜鳴きがひどい時や、プードルなどの犬種でちょこちょこ動き回って落ち着きがない時に絶大な効果を発揮するツボです。
ツボの位置: 前足の裏側にある「小さい肉球(手根球)」のすぐ下(手首側)の外側にある、大きなくぼみ部分が「神門(しんもん)」です。
ここを指や綿棒を使って押してあげます。柴犬などは少し強めに押してあげても大丈夫です。
「神門」は心(精神)を落ち着かせる作用があります。分離不安症(飼い主さんと離れると不安になる)の子にもとても良いツボです。
【体を温める「足浴」と「小豆温灸」】
シニアになると体温調節が難しくなり、冷えやすくなります。マッサージの前に体を温めてあげると、より効果的です。肉球を触って冷たいなと感じたら温めてあげましょう。
足浴: 洗面器などに40度前後(人間が心地よいと感じるお湯より少し高め)のお湯を足首まで張り、足をつけながら肉球をもみもみマッサージします。全身が効率よく温まります。
小豆温灸: 電子レンジで温めた小豆の袋を、首の後ろや腰に当ててあげます(40~41度目安・低温やけどに注意)。あずきの湿熱がじわじわと体の奥まで温めてくれます。
温タオルだと1分ほどで温度が下がりますが、小豆は保温効果が長いので5分ほど温めてあげましょう。
以上が今回教わったマッサージやケアです。
頑張り過ぎず、犬も飼い主さんも心地よい時間を過ごしてもらえればうれしいです。
■おわりに
石野先生からのメッセージ
シニア犬のケアにおいて、私はペットショップのスタッフの皆さんやトリマーさんといった「プロ」の方々にも、ぜひ高い意識を持っていただきたいと考えています。お店にやってくる飼い主さんと最初に出会い、食事や生活の相談を受けるファーストコンタクトの場だからこそ、「自分がこの子の健康管理の窓口なんだ」というプロ意識が大切なのです。
そして飼い主の皆さん。「もう歳だから…」と諦めないでください。
統計的な寿命だけで判断するのではなく、「大切にケアすれば、もっともっと一緒に生きられる!」という前向きな気持ちを持っていただきたいのです。
人間にとっての「あと1年、2年」は、犬にとってはもっと長い、とても密度の濃い時間です。病気になってから慌てるのではなく、日々の優しいマッサージと適切な食事(食養生)で、愛犬との穏やかで幸せなシニアライフをたくさん紡いでいってくださいね。
執筆:石野 孝 先生 相澤 まな 先生
石野 孝 先生:
かまくらげんき動物病院 院長(獣医師)/一般社団法人 日本ペットマッサージ協会 理事長
中国内モンゴル農業大学にて中国伝統獣医学(鍼灸、漢方)を学び、かまくらげんき動物病院を開業。最新の西洋医療と伝統的な東洋医療を融合させた動物に優しい治療を実践している。
【著書】日中英版 犬猫ツボアトラス(漢香舎)/小動物臨床経絡・経穴自習帳(漢香舎)/中医学の基礎から学ぶ 犬と猫のための鍼灸・マッサージ(緑書房)など多数。
相澤 まな 先生:
かまくらげんき動物病院副院長/一般社団法人 日本ペットマッサージ協会理事
【著書】犬のツボ押しBOOK―ワンちゃんの病気予防と健康管理に、癒し・癒される 猫マッサージ 、ねこの肉球診断BOOK―東洋医学的体調チェックとツボマッサージ 、ペットのための鍼灸マッサージマニュアル、「猫と一緒に暮らす女の子のための飼い方ブック」(メディアファクトリー) 、「日中英版 犬猫の経穴(ツボ)アトラス」(漢香社)、「国際中獣医学院日本校主編 小動物臨床経絡・経穴自習帳」(漢香社)その他
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