愛犬と私の散歩みち 第2回

第2回 シャーリ(ウェルシュ・コーギー)・ヒューゴ(ベルジアン・シェパードドッグ・タービュレン)・オスカー(ミックス)

愛犬と飼い主は、さまざまな形の絆で結ばれています。パートナーとして歩んできた道には、それぞれのかけがえのない物語があることでしょう。毎日の散歩を通じて、私たちはその愛の物語を紡ぎます。本連載では、そんな皆さんの「散歩みち」を紹介していきます 。

第2回は、家庭犬しつけインストラクターの川原志津香さん。しつけのプロと聞くと、最初から犬の扱いがうまい特別な才能を持った人をイメージするかもしれません。でも、川原さんはその道を歩むまでに、私たちと同じように悩み、試行錯誤してきました。世界を股にかけたその「散歩みち」とは――

思い出の砧公園

川原さんは、犬好きが高じて、2008年に10年ほど勤めた外資系企業を退職して、東京・世田谷区の『Can! Do! Pet Dog School』の専任家庭犬インストラクターになった。会社員時代に結婚と同時にウェルシュ・コーギーのシャーリ(♀)を迎えて以来、20年近く途切れることなく、犬たちと人生を歩み続けている。現在のパートナーは、ベルジアン・シェパードドッグ・タービュレンのヒューゴ(♂11歳)と、ミックスの保護犬、オスカー(♂5歳)だ。

川原さんは、子供時代を南アフリカと旧東ドイツで過ごし、近年もアメリカで5年間暮らした経験がある国際派の女性だ。そんな川原さんに、特に印象深い散歩道はどこかと尋ねると、東京・世田谷区の砧公園を挙げた。緑豊かな環境と美術館などの文化施設が共存する23区有数の公園で、川原さんが幼少期を過ごし、社会人になってから現在まで暮らす町にある。

「今はなくなってしまったのですが、サイクリングコースがあって、幼少時に初めて自転車の練習をしたり、父と凧揚げに来たのをよく覚えています。犬と暮らす前からの思い出もたくさん詰まっています」。転居が多い人生の中でも、とりわけアットホームさを感じる特別な場所だ。

もともと動物好き。当時仲の良かった2人の女の子がいずれも犬を飼っていた。自分はマンション暮らしのため飼えなかったので、憧れはますます募った。有名動物写真家の子犬の写真集を見ては、特にそこに載っていたベルジアン・シェパード・ドッグ・タービュレンと暮らすことを夢見る毎日だった。ヒューゴと暮らす今、ようやくその念願を叶えた形だ。

海外生活で経験した辛い“生き別れ”

そんな少女だったから、商社マンだったお父さんが「広い庭があるおうちに住めるよ」と、南アフリカ行きを伝えると、飛び上がって喜んだ。前任者から、家と車と、そして、なんとコジロウというシェパードとコリーのミックス犬を引き継いだのだ。さらに、現地のペットショップでコッカー・スパニエルのレオを買い、後に別の日本人駐在員から、ジャーマン・シェパードのゴロウも引き継いだ。夢をあきらめるしかないマンション生活から、一気に大型犬を含む3頭との暮らしが始まった。

だが、その暮らしもそう長くは続かなかった。5年間だと目されていた駐在期間が2年で終わり、続けて旧東ドイツへの転勤が決まった。当時は犬を連れての海外渡航は一般的ではなく、自分たちが引き継いだように、2頭は現地に残る日本人駐在員に託していった

「3匹との生活が夢のようだっただけに、私は余計にすごいショックを受けて・・・。『自分の荷物を減らしてもいいから連れて行きたい!』と言っても、『次の家はそんなに広くないから、大きなコジロウとゴロウはかわいそうだよ』と・・・」。ともあれ、小型犬のレオは連れて行くことができた。そして、そのドイツでのレオとの関係が、将来しつけのインストラクターになる原点となった。

レオは新しい環境になかなかなじめず、吠えたりすることが多くなった。ドイツ人の同僚から「君がボスにならなければダメだ。厳しく接しなさい」と言われたお父さんは、真面目にその通りにした。しかし、それが裏目に出てしまったのかもしれない。結果的にレオはお父さんと対立するような形になり、家の中で激しく吠え立てたり、噛むようになってしまった。

川原さんが中3の時に帰国が決まり、やはり当時はまだ日本に連れ帰るのが難しく、レオはよくなついていたドイツ人の隣人に託すことになった。もし、しつけがうまくいって家族と良好な関係を築けていたら・・・。「今、犬のしつけの仕事をしているのは、生き別れを余儀なくさせてしまったコジロウとゴロウ、そしてレオへの罪滅ぼしという気持ちからでもあるんです」と川原さんは言う。

自分の犬のしつけでも試行錯誤

初めて自分の犬として迎えたシャーリと(2008年撮影)

帰国後は親元を離れて高校・大学と進み、社会人に。実家ではまたトイ・プードルを飼い始めたが、家を空けることの多い自分には無理。やがて父と同じ商社マンと交際し始めたが、犬好きという点では、お父さんとは正反対だった。「この人と結婚したら一生犬を飼うことはないだろうなあ」と覚悟を決めかけていたが、「でも、実家の犬を預かった時に犬がいる生活も悪くないと思ったみたいで。ある時、彼の方から『コーギーはかわいいね』と言い出して、『君が世話をするのなら、(飼っても)いいんじゃない?』という話になりました(笑)」。

結婚が決まると、ご主人が心変わりする隙を与えない形で、すぐに思い出の地、砧公園の近くに犬OKの借家を確保した。かくして、新婚生活と同時にウェルシュ・コーギーの女の子、シャーリとの生活が始まった。「シャーリとお出かけするのがもう楽しくて。もちろん、砧公園にも『私も小さい頃に歩いたんだよ』って、毎日のように連れて行きました。大人になった自分の目線で、そして、シャーリに合わせた低い目線で一緒に景色を見ていると、新しい発見がたくさんありました」

若い頃のシャーリはとても活発で、特に散歩で強く引っ張るのに悩まされた。「しつけの本を見ると、『引っ張らせておいてガーンと(リードを引いて)ショックを入れましょう』と書かれていて、かわいそうだと思いながらもその通りにやりました。その時は怯んでもまた引っ張るので、『何かが違うのでは?』と思いながら・・・。また、『犬の社会化』という概念もよく知らず、もともと他の犬が苦手だったシャーリが1歳を過ぎた頃から(犬に向かって)吠えるようになりました。私の方もしつけの勉強をしたばかりだったから、焦りを感じながら情報を集めて手当たりしだいに試しては、あれも違う、これも違うと。今にして思えば、シャーリには色々と付き合わせてしまって申し訳なかったな、と思います」。

やがて、問題を抱えているのはシャーリではなく、うまくハンドリングできていない自分の方なのでは?と思うようになった。そして、「ドイツで飼っていたレオも、ハンドラー(飼い主)の方がきちんとしていたらあんなことにはならなかったのでは?」とも。そんな思いから門を叩いたのが、「褒めて育てる」陽性教化のしつけを実践する『Can! Do!』だった。「シャーリのしつけというよりも、自分の意識改革をしたかった」から、生徒としてではなく、インストラクターの弟子入りを願い出た。

永遠の「散歩みち」

シャーリとヒューゴと(2010年撮影)

僕が川原さんと知り合ったのは、その頃だ。以後、川原さんの第二の故郷でもあるドイツの犬学校への体験入校に同行したり、彼女の親友の聴導犬ユーザーとの「犬連れ沖縄旅行」を取材したりと、色々とお世話になっている。最近は実際に会って話すのは、1〜2年に1回くらいなのだが、「飼い主としての自分が成長しなければならない」と、ずっと頑張っている彼女が、その言葉通り会うごとに成長しているのが手に取るように分かる。

「シャーリが若い頃は、『どこへでも一緒に行く』のが犬にとっても幸せだと思って、カフェにも、旅行にも、どこへでも一緒に行きました。でも、あのほとんどの施設に犬が入れるドイツで、こんなことがありました。犬学校のみんなと食事に行くと、私以外は誰も犬を連れてきていない。『ドイツはどこへでも一緒に行けるのになんで?』と聞くと、『自分の犬はレストランに来ても喜ばないから』と。それは新鮮でしたね」。空前のペットブームの熱気に包まれていた当時の日本では、なかなか聞かれなかったであろう成熟した考え方だ。そして、川原さんは、国内外で積極的にしつけに関わる見聞を広めると同時に、インストラクターの勉強を重ねていった。それと比例する形でシャーリとの関係が成熟するにしたがい、以前のような焦りは消え、余裕を持って接することができるようになった。

シャーリが6歳の時に、インストラクターを本業とすべく、会社を退職。同時に、子供の頃から憧れていたタービュレンのヒューゴを迎えた。その後、2010年から2015年にかけては、ご主人の転勤でアメリカ・ヒューストンに滞在。そこで長女を授かる一方、シャーリは11歳で生涯を閉じた。シャーリを失った悲しみは大きかったが、失意を乗り越え、帰国後も母親、犬の飼い主、インストラクター業の“3足のわらじ”を履き続けている。一昨年の10月には、飼育放棄されて心に傷を抱えるオスカーを引き取った。子供時代からの失敗や反省、試行錯誤の道がなかったら、とてもここまでのスーパーウーマンぶりは発揮できなかったに違いない。

ヒューゴは今、シャーリが亡くなった年齢と同じ11歳になった。オスカーを迎えた理由の一つは、犬との暮らしを途切れさせたくないからだ。「やっぱり、犬が全くいなくなってしまうのは、私にはすごく辛いことだと思います。シャーリが亡くなった時は、タイミングよくヒューゴを迎えていたために、『犬がいない生活にならなくて良かった』と思ったから」

ヒューゴと砧公園を歩く時は、「ここは、いつかお姉ちゃん(シャーリ)と一緒に歩いたよね」と声をかける。これからも、そんな“引き継ぎ”をしながら、ずっと犬と一緒に歩み続けたい。

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現在はオスカー(左)と新しい絆を育む

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