愛犬と私の散歩みち 第5回
家族の再生の道の先にあったドッグスポーツ

第5回 キャンディ(ミックス)&カリ(ボーダーコリー)

愛犬と飼い主は、さまざまな形の絆で結ばれています。パートナーとして歩んできた道には、それぞれのかけがえのない物語があることでしょう。毎日の散歩を通じて、私たちはその愛の物語を紡ぎます。

本連載では、そんな皆さんの「散歩みち」を紹介していきます。今回ご紹介するのは、アクティブにドッグスポーツを楽しむスタッフォードシャーブルテリアとボーダーコリーのミックスの「キャンディ」(6歳♀)、ボーダーコリーの「カリ」(4歳♀)と、中村孝子さんの「散歩みち」。ここに至るまでの道には、以前の犬たちと家族をめぐる愛の物語がありました。

(内村コースケ / フォトジャーナリスト)

「Yes!」の声も違って聞こえてくる

中村さんのスケジュールは、年間を通じてびっしり埋まっている。ディスク、フライボール(ハードル走とボールのフェッチを組み合わせた競技)、犬ぞり、ドッグダンスと、いくつもの競技をこなし、年間を通じて大会に飛び回る。アメリカ、韓国など海外の大会にも出場。競技ごとのセミナーに参加するなど自己研鑽にも熱心で、ドッグスポーツ一色の生活だ。

それは、あくまで犬たちと一緒に楽しむため。競技での勝利が目的ではない。真剣に取り組んだ先に、深まる絆がある。それに、軽い取り組み方では怪我や事故のリスクが上がってしまう。「ドッグファースト」だからこそ、必然的に真剣度が増し、そこに割く時間が増えていく。

「犬が一番嬉しいのは、褒められた時。オリジナルのトリック(技)がうまくいったり上手に走ってくれると、同じ『Yes!』の声も違って聞こえると思うんです」

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キャンディ(上)とカリ

馬や犬が子どもたちの支えに

中村さんがドッグスポーツを始めたのは、子育てを終え、6年前にご主人と軽井沢へ移住してからのこと。郷里は大分県で、柴犬や小鳥に囲まれて育った。

大人になってから犬を飼い始めたのは30代半ばから。子育ての時期と重なっている。「娘が小1の時でした。九州から大阪に引っ越したばかりだったのですが、それまで少人数の学校で“お山の大将”だった娘が、大きな学校へ転校してからまったくしゃべれなくなってしまったんです」。いじめなどがあったわけではなく、原因はよく分からなかった。環境の変化が何かしらの自信喪失に結びついてしまったのかもしれない。僕が取材のテーマの一つにしている帰国子女の場合でも、海外に渡航したばかりの時、あるいは帰国直後に、「サイレント期間」と言われるしゃべれない時期を経験するケースが多い。英語力・日本語力の不足だけが原因ではなく、周囲の価値観や環境がガラリと変わることによる一種のショック状態だと言われている。子供時代をカナダでのびのびと過ごした僕自身、帰国後、母国語の日本語環境に戻ったにも関わらず、「口にチャックをしなさい」とカナダの学校の先生に怒られるほどだったのが、一転無口になってしまった経験がある。

中村さんが続ける。「郊外に障害者の方たちが動物の世話をしている牧場があって、自分も動物が好きですから、なにかきっかけがつかめるのではと、そこに毎週末娘を連れて行きました」。そして、娘さんは、動物たちと触れ合ううちに、明るさを取り戻していった。「人と話せなくても、馬になら語りかけられる。やがて牧場に行けば馬とずっと話しているようになりました。そして、いつの間にかクラスメイトとも、同じように話せるようになったのです」。
そのことが忘れられない経験となり、半年後に三重県に引っ越した時に、子どもたちの良き仲間にもなると、マルチーズを家族に迎えた。「娘はその頃には元気いっぱい。その子をとってもかわいがっていましたよ」。とても賢い犬で、家族のアイドルだったが、若くして突然先天性の病気で亡くなってしまった。「そこで今度は息子が全くしゃべらなくなってしまったんです。もっとも、今回は理由がはっきりしていました。亡くなって1週間後くらいでしょうか、私と娘が次の犬はどうしようかと話していたら、『なんですぐに他の犬を飼う気持ちになれるわけ?』と。それから1ヶ月くらい口をきいてくれませんでした」。

その背景には、重い家庭の事情があった。「実は、子どもたちの実父である前夫とその前に死別しています。その頃は今の夫と付き合い始めた時だったので、息子が口をきかなくなった本当の原因は、そっちだったのでしょう」。それを聞けば、息子さんの気持ちはなおさらもっともだと思う。でも、ペットロスの最大の薬は次の犬を迎えることだ。新しい家族となったヨークシャーテリアを一番かわいがったのは、息子さんだった。

「一緒にいると楽しいことがある」

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「軽井沢に来たのは、なんとなくなんですよ」。以前郷里に建てた家に、本当は薪ストーブを置きたかったが、住宅事情でできなかった。それがずっと頭にあって、夫が早期退職したタイミングで軽井沢にログハウスを建て、その夢を叶えた。

軽井沢へは、今も一緒に暮らしている「ユリア」と、2年前に亡くなった「リン」というホワイト・シェパードと共にやってきた。大型犬は、小型犬以上にしつけが大切なだけに、当時から中村さんは犬の訓練に強い関心を持っていた。ある日、日本のドッグスポーツの第一人者、平井寧(やすし)さんが主宰する群馬県のドッグスポーツクラブ「ドッグタウン工房」を訪ねた。「最初は自分がやるというより、純粋に練習の様子を見に行ったんです。平井さんも、スタッフをしている平井さんのご家族も、皆それぞれがチャンピオン。皆さんのトレーニングを見ているだけで楽しい。『こういうふうにしたら、犬はこう判断するんだ』と、素人でも分かるんですよね」。そこから、犬が「人と一緒にいることが楽しい」と思えることがしつけの最短の道だと気付き、いつしかドッグスポーツにのめり込むようになっていた。
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キャンディは、リンが亡くなった後、平井さんから譲り受けた生粋の競技犬だ。ディスクが得意で、犬ぞりとフライボールでも大活躍。妹分のカリは、ダンスが得意で、ディスクやフライボールもこなす。

カリは犬ぞりには最初は乗り気ではなかったという。犬ぞりの多頭引きでは、他の犬とリードで繋がれて一緒に走るが、その状況に慣れるまで少し時間がかかった。「少しずつ慣らしていった末に、カリと一緒に走れるようになった喜びは、それは大きいですよ。ディスクやフライボールでもそうですが、フィールドに立つまでが大変なんです」。その過程で育む絆こそが大事で、本番は「一緒にいること」の喜びを爆発させる場。だから、勝敗にはこだわらないし、試合中の中村さんとキャンディ、カリの表情は一段と明るい。

「この人といると楽しいことがある」。犬にそう思ってもらうのが、中村さんの最大の願いだ。そして、中村さん自身も、この子たちといるのが楽しいから、ドッグスポーツに打ち込んでいる。

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